2007年10月16日

亀田家に判決!

 世界ボクシング評議会(WBC)フライ級タイトルマッチ12回戦(11日)で、挑戦者の亀田大毅選手(18)(協栄ジム)が反則行為を繰り返した問題で、日本ボクシングコミッション(JBC)は15日、都内で倫理委員会を開き、大毅選手を1年間のボクサーライセンス(資格)停止処分とした。

 資格停止は剥奪(はくだつ)に次ぐ重い処分。反則を指示したとして父の史郎トレーナー(42)は無期限のセコンド資格停止、世界ボクシング協会(WBA)ライトフライ級前王者で兄の興毅選手(20)は厳重戒告とした。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071015-00000012-yom-spo&kz=spo

 JBCの資料では、世界戦の反則による厳重処分は1997年、対戦相手の耳をかみ切って反則負けとなり、資格をはく奪されたヘビー級のマイク・タイソン(米)以来の不祥事。マイク・タイソンって最近聞かないけど、どうしてるのかな?

 タレント、なべやかん(37)が12日、王者・内藤大助(宮田)に亀田大毅(協栄)が挑戦した世界ボクシング評議会(WBC)フライ級タイトルマッチを観戦していたことを自身のブログ「なべやかんだ!!」で明らかにした。その中でなべは、大毅選手やテレビ局の姿勢を厳しく批判するなど、芸人とは思えない硬派な主張を展開、称賛のコメントが殺到している。⇒なべやかんのブログはこちら

 ブログでは、あの試合では、自ら「切腹」と言ったんだから、命かけた勝負をすればよかったんだ。判定で勝てないからって反則行為はないでしょ?傷口を広げてしまえば、どんなに判定で負けててもTKO勝ちできる。それをするためにパンチじゃなくグローブでグリグリ。
判定で負けてるなら、KO負け覚悟で自分の全てを出して戦えばいいじゃない。先輩ボクサー達は、そういった素敵な姿を見せてきたんだから。それが切腹でしょ?
なのに反則行為。試合後に内藤選手を称える姿もなし。だから、切腹と言われるんだ、としている。

 確かに反則行為をするくらいなら、KO負け覚悟の心意気が見たかった。まだ18歳なんだから、いつか正々堂々とした試合のできる亀田大毅をみたいものだ!





タグ:亀田大毅
posted by 三日月半平太 at 07:35 | Comment(3) | TrackBack(0) | 日記

2007年10月12日

亀田反則しか手がなかった・・・動画

 最後の12Rは負けが確定したためか自暴自棄!試合前までは「負けたら切腹」など威勢がよかったが試合では、この通りの惨敗!




 内藤が日本王者だった2年前から、内藤と亀田3兄弟の長兄、興毅や大毅との間で、対戦をめぐって挑発や舌戦が繰り広げられてきた“因縁の対決”。序盤、亀田はガードを固めて低い姿勢で前へ出る。対する内藤は距離をとって手数を出す展開。パンチらしいパンチを出せなかった亀田は2回終了間際、両手を広げ、舌を出して内藤を挑発した。
 オープンスコアリングシステムにより、4回終了後に採点の途中経過が発表。内藤3−0リードに客席から歓声が上がった。
 5、6回も内藤が距離をとって手数を稼ぎ有利に試合を進める。
 3回に切れた内藤の右目尻からの出血が、7回に一時的に多くなり、ドクターがチェックしたが、試合は続行された。
 8回終了後、2度目の途中経過発表で、判定なら内藤の勝利が明確に。直後の9回、亀田はクリンチ中に内藤を投げ倒す。内藤もレフェリーがブレークした際、亀田の後頭部を殴り減点1と取られるなどエキサイトした展開になった。
 その後も内藤が自分の距離から手数を稼ぐ一方、亀田は有効打を当てられない、ほぼ一方的な展開。最終12回に亀田は、クリンチの際に内藤を投げ倒し、減点。直後に、今度は意図的に投げようとし、減点合計3となった。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071011-00000937-san-spo&kz=spo

posted by 三日月半平太 at 07:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ

2007年10月08日

「男」古田、18年の活躍に幕・・・

 プロ野球の活性化のために選手会長としての彼の行動による成果は大きい。球団数が減ってしまう恐れがあったとき、ファン側からの「プロ野球球団はファンのもの」という揺ぎないスタンスは、球団によるプロ野球経営に一石を投じた。その古田にも現役最後の日が訪れた。

 「朝起きた時にはいよいよ、この日が来たんだなと思ったが、あっという間に終わってしまった」という、この日の広島戦には「5番捕手」で4月19日以来の先発出場。打席に立つたびに「古田」コールがわき起こった。

 8回、最終の第4打席では、同じく今季限りで引退する広島の佐々岡真司投手と対戦。遊ゴロに倒れたが、佐々岡投手に自ら花束を贈った。

 試合後、ともにヤクルトの黄金期を築いた高津臣吾、石井一久両投手らから花束を贈られた。本塁上で「いい仲間に巡り合えて、ここまでやれた」と感謝したチームメートによる胴上げ。ヤクルトファンが陣取る右翼席のフェンスをよじ登り、直接、感謝を伝えた。

古田、最後の日

 一番の思い出は近鉄を破り日本一になった01年の優勝だ。「神宮で決めたし、キャッチャーフライで終わったし」。その地に一礼し、本拠を後にした。

 妻である中井美穂さんは「兼任監督2年間を含めた18年間の野球選手人生。妻の目から見ても過酷な毎日でしたが、それを驚くほど気負いなく過ごしていたように見える一方、本人の中では当然様々な苦労や葛藤(かっとう)もあったと思います。まずはお疲れ様でした、と言いたいです。 」と旦那の現役最後をねぎらった。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071007-00000196-sph-base


posted by 三日月半平太 at 13:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ

ショック!ノリックが交通事故死

在りし日のノリックスマイル
 なんともショックです。チョットやんちゃな感じで「ノリック」の愛称でファンに愛されたノリックが交通事故で亡くなるなんて・・・。93年に全日本ロードレースにデビューすると、いきなり史上最年少の18歳で総合優勝を達成するなど、日本人ライダーの中ではバツグンの華があっただけになんともおしい・・・。

 〜以下ヤフーニュースから抜粋〜

 世界を舞台に活躍したライダーが非業の死を遂げた。川崎署によると、阿部さんは同市川崎区大島1丁目の片側2車線の市道の右車線をスクーター型の500CCバイクで北上中、前方の左車線からUターンしようとした4トントラックを避けようとしたが、衝突して対向車線に放り出された。当初は意識があったものの、午後8時52分、搬送された市内の病院で死亡が確認された。阿部さんは胸を強打し、ろっ骨骨折や臓器の損傷などもみられたもようだ。

 現場はUターン禁止だった。トラックを運転していた51歳の男性は、道を間違えて引き返そうとしていたといい、同署が自動車運転過失致死の疑いで事情を聴いている。

 阿部さんはオートレース選手の父光雄さんの影響で、5歳でバイクレースを始めた。93年に全日本ロードレースにデビューすると、いきなり史上最年少の18歳で総合優勝するなど、若くして才能を開花させた。95年から当時、WGPの最高峰クラスだった500CCにフル参戦。翌96年の日本GPで初優勝し、日本人としては14年ぶりの優勝を遂げた。後輪を滑らせながら必死に逃げる姿は、伝説のレースとして多くの2輪ファンに語り継がれている。

 レース中になびかせる長髪がトレードマークで、気さくな性格から「ノリック」の愛称で親しまれた。WGPでは通算3勝、表彰台17回の実績を残し、岡田忠之、伊藤真一らとともに日本に2輪ブームの再来をもたらした。マイケル・ドゥーハンら世界を代表するライダーと対等に渡り合いながら突然、転倒することもあり、「速くて危険なライダー」とも言われた。

 スーパーバイク世界選手権などを転戦後、今季から全日本に復帰。5月のレースでは3位に入り、復活をアピールした矢先の事故だった。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071008-00000055-nks-moto


posted by 三日月半平太 at 11:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ

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